34歳、すぐに妊娠。でも流産

結婚してすぐ、私は妊娠しました。34歳でした。
けれど流産。
悲しみは大きかったものの、「まだ34歳、体質的には妊娠できる」とどこかで安心もしていました。
しかし現実は違いました。
それから5年間、妊娠することはありませんでした。
タイミング法に2年

最初に通ったのは普通の産婦人科。
タイミング法から始めました。
でも気づけば2年が経っていました。待合室には大きなお腹の妊婦さん。
泣き声が聞こえることもある。
そんな中での治療、
祝福の場所なのに、正直つらい時間もありました。
なかなか結果が出ず、
「思ったより時間がかかってしまった、もう35過ぎてしまったしこのままでいいのだろうか」
そう思い、治療のステップを上げる決断をしました。
不妊治療専門クリニックへ転院
不妊専門クリニックへ行きました。
最初はとても緊張しました。

中に入るとそこはまるでホテルのロビーのように綺麗で、静かで、
でも独特の空気が流れていました。
妊婦さんはいません。
みんな同じ目的でここにいるんだ。
静かな空間の中で 「私も頑張ろう」
身が引き締まる気持ちだったのを覚えています。
3年間
卵管の詰まりを造影剤で確認したり、卵子の数や状態など一通りの検査をしてから
最初は人工授精からはじめました。
1度も成功せず。
そして体外受精へ。
最初は緊張していましたが流石に7回目にもなると慣れてきた自分がいました。
こんな事慣れても嬉しくないけれど。
採卵ができるたびに、
「まだ可能性はある」
そう自分に言い聞かせました。
でも結果が出ないたびに、やっぱり落ち込む。
期待して、落ちて、また立ち上がる。
その繰り返しでした。

こんな事しなくても妊娠できる人が沢山いるんだ。
なんて思ったりしながら治療を続けていました。
治療中に心掛けたこと
・体を冷やさない
・適度な運動
・食事は意識するけど神経質になりすぎない
・ストレスを溜めない
何にでも言える事ですが
ストレスを溜めないこと。
そして完璧を目指さないことも大切だと感じました。
葉酸サプリは欠かさず飲んでいました。
コーヒーも好きなのでカフェインレスを愛飲していました。
mount hagenのコーヒーおいしいです。
子どもが苦手だった私
実は、もともと子どもが苦手でした。
注射も病院も嫌いな怖がりでした。
小さい子を前にすると
どう接していいか分からなかったくらい。
そんな私が、たくさんの採血やホルモン注射を打ち、
仕事を調整し、通院する日々。
「人って、こんなに変われるんだ」
自分でも驚きです。
そして子供が欲しいという気持ちは私を強くしてくれました。
顕微授精へ。そして+反応
体外受精で結果が出ず、とうとう顕微授精まで進みました。
最終ステップまで来たなと思いました。
これでだめなら諦める。そんなことも考えるステージだと思います。
子供のいない人生を歩む、この時はまだ口には出しませんでしたが
そういう覚悟も芽生えていた時期でもありました。

顕微授精2回でようやく見た「+」の反応。
凍結していた残りの卵2つを戻し、その1つが成長してくれました。
5年間の治療を、私はそこで卒業することができました。
ですが嬉しさと同時に不安もありました。
なぜなら、私は一度妊娠の経験があり、流産も経験しているからです。
そしてその時私は39歳の高齢出産になります。
そして次は産院へ向かいます。
不妊治療を振り返って
結果が出ない時間は、本当に苦しい。
でも、
・採卵ができる
・挑戦できる
・前に進めている
それだけでも「ゼロ」ではない。
私はそう思い続けました。
不妊治療は、私にとって
「どう生きて、何を残すか」を考える時間でもありました。
人生は思い通りにならない
だからこそ、
・自分は何を大切にしたいのか
・どんな人生なら納得できるのか
・何を残したいのか
それを考えることが大切であり、
それが私にとっての終活だと考えています。
言葉は人生を超えると信じて今日も書いています。

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